小夏すいか日記

3歳0歳の姉妹の育児記録

母とアルバム

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私がまだ実家に住んでいたころ、「命をのぞいて、あらゆるものの中で一番失ったら悲しいのは写真だと思う」というようなことを、母がよく言っていました。

当時は、「まあそうかもね」と聞いていたのですが、あれから十数年、胸の痛むたくさんの災害のニュースを目の当たりにして、そして実際に子育てをして、今、母の気持ちが心底理解できます。

自分の写真なんてどうでもいい(母や姉妹の立場に立てば、そうも言いきれないんだけど)、「小さな姉妹」の映像を失うことが、こんなにも怖い。

手元にはこんなに膨大にあるのに。いつでもどこでも見られるのに。

写真のデータ化が進んだ今ですら、痛いほど母の気持ちが分かるんだから、昔は、この何十倍も、写真1枚への思い入れが深かっただろう。

 

先日、次女が生まれて約1年分の写真データから、いいものをピックアップして、大量の写真を焼きました。

ピックアップした写真データに、お気に入りの動画を加えて、CD-Rにコピーして、それからクラウドにも保存しました。

毎年、アナログな方法と、最新の方法とで整理して、割ときちんとしているほうだと思います。でも、これだけしても、まだ、不安は消えません。性格なのかな。それとも、それを頻繁に言う母に育てられたから、そういう思いが強いだけなのか。

みんな、何かしらのバックアップで、よし安心!って思えてるんだろうか。

 

物質的な不安だけじゃなくて、今多くの家でビデオテープの再生が困難なように、CD-Rが10年後も使える保証なんてないし、「クラウド」だって、なんだかとても不確かです。データ流出とかも、少し怖い。

 

多分、大勢の人が、ぼんやり怖い。

大量にあるのはいつまで見られるのか確約のないデータだけで、写真に焼くのが当たり前じゃない今だからこその不安ってあると思います。

特に私は、iPhoneユーザーなので、SDカードなどがないことも、このぼんやりとした不安がなくならない理由なんだと思います。まずこのiPhoneが壊れたら、バックアップ以降のデータは終わり…という。

かつ、夫が写真を全然撮らない人で、データの量も少ないし、こういう恐怖を持っていないこともまた恐怖です。私にかかっている感がすごい。

 

この不安や恐怖こそ、写真が発明された理由なんだろうな、と思います。

瞬間を切り取ってなんとか残したい。っていう。

写真史に名を連ねる発明家や技術者は、まさか、「ちいさな機械(スマホ)で超綺麗な映像が撮れて、膨大なデータが入れられるようになって、いつでもどこでも見返せても、切り取った瞬間を失うことが不安な一般人はいる」なんて知ったら、びっくりしてひっくり返るんじゃないだろうか。それでまだ不安って!嘘やろ?!って思うと思う。

 

長女が生まれて2歳の誕生日に、空き容量を増やすために、iPhone本体から長女が生まれる以前の写真を消しました。3歳の誕生日には動画をだいぶ消した。そして今、iPhoneを買い替えて容量を一回り増やそうと思っています。

 

だいぶ整理してなお、姉妹合わせて、写真と動画で1万と100枚。

たった4年間で1万枚。

 

「今の時代はこうやって動画を簡単に残せるからいいね」って、母世代の人からよく聞きます。

ほんと、そう思います。心底ありがたい。ありがとう技術。

 

でも、一瞬で消えうる1万枚のデータって、もうなんというか、持て余すというか、それなりの儚さがあります。クラウドだなんだって、時代も進むし、ついていけてない感もあるし。選べども選べども、全部可愛いくて全然消せないし、絞れないし。

 

焼く写真を一日がかりで選びながら、「アルバムだけは…」と言っていた母を、何度も思い出した日曜日です。